沖縄では、家庭でおこるさまざまな出来事、結婚や出産などの祝い事から家族の健康、商売繁盛などの願い事まで、何をさしおいてもまずは、ヒヌカンに報告し祈る。
嫁ぐ娘は、嫁入り先にむかう前に、生家のヒヌカンに別れを告げた。花嫁はミジムイ(水盛)という儀礼の前に、嫁ぎ先のヒヌカンを拝み、家族の成員になることを報告し、その守護のもとに入る誓いがなされた。
お産の間、ジール(地炉)に火を焚き続けたのは、産室にヒヌカンをお迎えするという意味が込められていた。そして、子が生まれたときには、まっ先にヒヌカンに報告し、ヤーニンジュ(家族)になったことを認めてもらった。
ナージキ(命名式)の際には、ヒヌカンの前で儀礼をおこない、名前が決まるといの一番に報告するのもヒヌカンであった。
このように、身の回りでおこる出来事をトートーメーよりも先に報告し、その加護を願った。沖縄では絶対視されているはずのトートーメーよりも優先されたのである。
たとえ報告すべきことがないときでも、チムガカイ(気がかりなこと)することが特段ないときでも、家に幸福をさずけ、豊作・大漁をもたらしてくださいと願った。
そして、病気や不幸、災難を防いで「家族が円満でありますよう」にと祈り、「みーまんてぃ うたびみそーり」ということばを添えた。
取材先で出合ったオバアたちの多くは、今でも毎朝「ヒヌカンを拝まないとチムワサワサ」するのだ、と口々に言う。
チムワサワサとは、これという理由はないのだが、何とはなしに心穏やかになれない心持をあらわしたことばである。
このことからも、ヒヌカンがまことに慈悲深い神さまとして信仰されてきたことがわかる。
トートーメー信仰のおこる以前は、ヒヌカンが唯一の家の神さまであり、家の守り神であったことを考えると当然のことだと言えるが、「チムワサワサする」ということばに象徴されるように、オバアたちにとってみれば、今なおもっとも崇拝する神さまなのである。
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