前号で為政者の側から見たユタの罪について、ごく大雑把に述べた。今回は沖縄の迷信的な相続法とユタの関連について述べてみる。
長男が死んで父の跡を継ぐ者がいなければ、次男が継ぐ。まことに当然の成り行きだと思うのだが、沖縄ではこれを「兄弟カサバイ」(カサバイとは重なること)といって嫌う。兄弟が跡目を継ぐとその家は代々そういう運命に見舞われ、長男が必ず若死にして、相続人を別に探す悲運に遭うというのである。そればかりではない。長男が死んで、その跡目を探してやらないと「嫡子押し込み」ということになって長男不要の意味となり、その家は代々長男の跡目をめぐってごたごたが続くというのである。要は、長男は天から授かった特別な存在で、長男の跡を絶やしてはならない、とする考え方が強固であったということであるが、このような迷信的な慣行が庶民の間に浸透して行く背景にユタの存在が見え隠れしているのである。兄弟カサバイとか嫡子押し込みなどという禁忌が民衆の生活の中に浸透して行く過程の中には、易学による曲解があり、その曲解をユタが判じ道具として利用し、結果的に民間のタブーとして定着を見たとする研究者もいる。
まことにもって奇妙なことだが、このような民間のタブーもこと王権の継承となるとその埒外にあったようで、禁忌もどこ吹く風といった按配で継承を繰り返している。具体的に記せば琉球統一の立役者・尚巴志の跡を継いだのは次男の尚忠であり、尚忠の跡は弟の尚思達が継いでいる。尚思達の跡は先にあげた尚巴志の六男・尚金福が継ぎ、その跡は弟の尚泰久とつづき、尚泰久は跡目を三男の尚徳に継がせているのである。民間のタブーはユタのたわごとといわんばかりである。こうした傾向は王権が替わって第二尚氏王統になっても何ら変化を見せていない。
さて、王権の継承は別として、このような迷信的慣行が一般庶民の間に浸透してくると、ユタは「他系図雑入」(タチーマジクイ)という、何とも奇想なことを思いつく。血統の違う者が入り込んできて混ざってしまい家が衰亡するというのである。次回はその具体的な事例をとりあげる。