ユタの元を訪れる庶民の心境をもう少し個別、具体的に見ていく。意外なことだが、最も多い動機とされるのが、俗に言うところの「運勢判断」である。わざわざ代価を払ってまでユタの判断を仰ぐのだから、もっと重大で一身上の事柄に関することだってよさそうなものである。2番目に多い動機としては「同伴者」であり、その次に「家族の病気」「身内の死」に関して判示(託宣)を受けるためとなっている。
これらを見る限りにおいては一分一秒を争う切迫感はない。このことに実は、沖縄社会におけるユタの存在理由を解くカギが隠されていると言える。2番目の「同伴者」を例外とすれば、いずれも心の平安を乱す原因となることである。生きている限り心の平安を保ち続けることは不可能である。従って、沖縄では誰もがユタの元を訪れる動機を持っていることになる。ありていに言えば、ユタの元を訪れるのに特別の動機付けは不要だということでもあり、ちょっとしたきっかけでユタの世界に入り込む可能性を秘めた社会だということにもなる。そのことを裏づけるように商売・新築・移転・位牌・結婚・進学等々日常生活に密着した相談事のためにユタの元を訪れる人が多い。
以上のことから見えてくることは、沖縄社会において、ユタは今日でもなお、個人的あるいは家族的カウンセラーとしての地位を確立しているということである。
ユタは、これらの諸問題に対して日の吉凶、生まれ年や方角を考慮しながら独自のスタイルで応答する。勿論のこと、占いや霊感も応答の重要な要素となっている。