前回まで、神ダーリ(No.2を参照)の状態から脱脚した者が、やがて祖先祭祀にまつわるあれやこれやの子細について、いつの間にか教授する立場(No.3参照)となり、ユタへの第一歩を踏み出すプロセスを大雑把に取りあげた。
今日は少し視点を変えて、ユタの元を訪ねる庶民の心境を見ていくことにする。
ある研究者の調査によれば、ユタを利用しているのは圧倒的に主婦層が多いという。ユタヌヤー(ユタの家)に行ってみると、依頼者の99%までもが主婦であったという調査結果もあるのだという。ユタの言を借りれば「結婚した沖縄の女性の80%はユタを訪ねる」のだそうな。80%という数値を示す論拠の提示はなく、そのまま鵜呑みにすることはできないが、沖縄社会におけるユタの存在理由を指し示している数値とも受け取れる。
出産の不安あるいは恐怖心、子どもの育児、病気、夫婦間のトラブル、あるいは嫁・姑問題等々、一家の抱える悩みは深い。さらに先行きに対する不安と更年期が重なってくると、心身不安の拠り所となるものを渇望する。自分の身の処し方を模索するうちに、ユタの存在にはたと気が付く。逡巡しているところに、付き合いのある老婦人や親戚、家族のものからユタのところに行くよう勧められる。気も進まぬままに出かけて行ったところ、これがぴたりと当たる。心の裡を見透かされたように図星される。となれば、No.1で述べたように、心は完全に麻痺し、思考停止の状態に追い込まれてしまうのである。依頼者の典型的な心理状態だといえようが、もちろんこれにあてはまらない事例もゴマンとあることは言うまでもない。