沖縄人の日常生活と密接な関わりを持つ祖先祭祀にはユタの干渉が必要となり、祖霊への関心を向けること、祖霊の怒りに対する畏怖心、そして祖霊との和解や慰撫を促す行動には、結果としてユタの存在が必要なものであった。その背景として、前号で大雑把に述べた兄弟カサバイ、嫡子押し込み、他系図雑入などといった迷信に対する頑迷な妄信があったといえよう。
前号で約束したように、他系図雑入という迷信が生んだ悲劇を名幸芳章師の記録の中から引用して紹介する。
戦前、那覇市内に仲睦まじい夫婦が住んでいた。夫婦には子がなく、いずれ養子を迎える心算でいた。たまたま縁あって友人の子を養子として迎えることになった。女の子であったため跡をつがせるというより、きちんと育てて嫁にやりたいと思っていた。
利発な女の子はすくすくと育ち、高等女学校へ進学した。ところがちょっとした風邪がもとで不幸にも他界してしまった。実子同様に情をかけて育てた娘のことでもあるし、葬式も立派に済ませ、納骨という段になったところで、参列していた親戚の婆たちが「この娘は実子でもないし、親戚の子という訳でもない。血統が全然違うのだから祖先の墓に入れることはまかりならぬ」と言い出した。思いあまった養父母が護国寺の名幸師のところに相談にきた。名幸師は集まった婆たちを前にして次のような説法をした。
「この娘は確かに実子ではありません。しかし、戸籍にも入れてあるし、実子とかわりなく育てた。それを死んだからだと言って、まるで犬の子でも始末するように墓にも入れず、お寺にあずけるというような不人情なことはできるものではありません。実子ではない、血統を引いていないからだと言って、そんな扱いをするのはどうしてもしのびない。あなた方だって嫁にきたときは主人との血のつながりはありません。それだから死んでも主人の墓には入れませんよ、タチイマジクイになりますから、と言われて得心がいきますか。それでは「夫婦は甕の尻一つ」(死んだ夫婦の遺骨は一つの甕に納骨すること。夫婦の縁は死後も不変であるということ)にはなりますまい」
結果的には娘の亡骸は祖先の墓に納めることになったのだが、このような問題が起こるということも血統の違う者が入り込んで混ざってしまうと家が衰亡するという迷信が生み出した悲劇だといえよう。